アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
安国寺の山形生活
ブログ紹介
大阪出身。山形在住。3*歳。AB型。一児の父。
3歳の娘のあれこれなど綴ってまいります。
help RSS

今日、娘に話したこと

2012/03/11 20:43
とーちゃんは、いまから、
だいじなおはなしをします。
***ちゃんに、どうしても、
きいてもらいたいおはなしです。
いいですか?

このまえ、***ちゃんは、
ぐらぐらぐらーって、ほいくえんが
ゆれたひのこと、おぼえてるっていってたでしょ?

あのとき、おうちがこわれて、
すむところがなくなったひとが、たくさんいました。
おかねとか、たべるものとか、だいじにしてるものが、
なくなったひとが、たくさんいました。

***ちゃんのおうちは、
ぐらぐらぐらーってゆれたけど、
こわれなかったし、たべるものもあったでしょ?
でぃーぶいでぃーも、ごほんも、
おもちゃも、たからものも、なくなってなかったね?

でも、そうじゃなかったひとが、
あの、ぐらぐらぐらーってゆれたひに、
たくさんいました。

***ちゃんのおうちは、
どこにあるんだったっけ?

そう、やまがたけんです。

***ちゃんのおうちが、
たまたま、やまがたけんにあったから、
おうちもこわれなかったし、
たべるものもあったし、
とーちゃんも、かーちゃんも、
ばーばちゃんも、いっしょにいられました。

このまえ、***ちゃんは、
はやくおねえちゃんになりたいっていってたね?

***ちゃんが、もっとおねえちゃんになったら、
もっともっとわかることがあります。

いまは、まだ、むずかしいことはわからなくても、
だいじょうぶです。

でも、きょう、とーちゃんがおはなししたこと、
おねえちゃんになったら、おもいだしてね。
記事へナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


それぞれの3月11日。

2012/03/10 17:51
「ほぼ日刊イトイ新聞」で、
「それぞれの3月11日​。」というコンテンツがあります。

テーマは大変シンプルで、
震災から1年後の2012年3月11日に、
あなたは何をしていますか? というものです。

「その日をどういうふうに過ごすか考えよう。
どういうふうに過ごしても、正しい。
どう過ごしてもいいから、
3月11日をどういうふうに過ごすか、
ひとりひとりが、考えよう。

――3月11日、何してる?」

世の中には、本当にいろいろな立場の方がいます。

私は、少なくともそれが想像できる程度の
年齢にはなったと自分では思っています。

ですので、「どういうふうに過ごしても、正しい」
という言葉を支持したいと思います。

その上で、私なりにどう過ごすかを考えて、
次のようなメールを投稿しました。

もう前日になってしまいましたが、
記録として残しておきます。

――――――――――――――――――――
3/11はTVを見ながらになると思いますが、
娘(4歳)に去年の同じ日に何があったかを
私なりに噛み砕いて伝えてみるつもりです。

娘は地震発生時は山形の保育園にいました。

「ぐらぐらぐらーって揺れた日のこと覚えてる?」と
先日聞いてみたところ、

「みんな、ぼうしかぶっておへやにいたら、
かーちゃんが、はやくおむかえにきて……
しんごうが、みーんなおやすみしてた」

と、幼心にも普通ではなかったという記憶が
残っているようでした。

考えてみれば、私は去年の震災まで
自分の娘や次の世代の人たちに
自分が考えた何かを伝えるということは
ほとんど意識したことがありませんでした。

そうしたことは自分の柄ではないというか、
専門家や言葉づかいに長けた人に
任せた方がいいだろうと思っていました。

でも、ある程度の年季が入った「社会人」として、
それは志が低かったなと反省しています。

どれほど多くの人が今の社会を支えているのか、
どれほど多くの知見が先人から受け継がれてきたのか。

子供の頃はまったく気がつきませんでしたが、
この年齢になると、多少なりともわかることがあります。

であれば、それは力の無さとか向き不向きとは別に、
社会に返していかなければならないように思います。

もちろん、4歳の娘が理解できる内容は限られますので、
少しずつ、時間をかけて、続けていきたいと思います。
気の長ーい遺言を残す心境で。


記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


読書メーター・2012年2月のまとめ

2012/03/09 12:46
3月になって、だいぶ日が経ってしまいました。

昨日の夕方、娘が熱を出したと保育園から連絡があり、
今朝病院に連れていったらインフルエンザB型と
診断されました。

このところ、保育園の掲示板を見ていると
発症者数が6→12→24と見事に倍増していて、
とうとううちにも来たかという感じです。

ただ、もう熱はほとんどなくて元気です。
あとは、大人が感染しないように乗り切ることができれば。

------------------------------
2月の読書メーター
読んだ本の数:14冊
読んだページ数:2955ページ
ナイス数:117ナイス

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めてドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて
興味深い言葉が数多く出てきて、付箋だらけになりました。「入門」のタイトル通りほとんどはエッセンスのみで、詳細は各論の訳書で読むのが一番なのでしょう。ドラッカーは他界するまで、ポスト資本主義社会のモデルとして日本に期待していたという話は一市民として意気に感じました。「人を物扱いする社会が、世界のモデル、全文明のモデルとなることはありえない」――別の人の言葉ですが、「中国やインドでは、社会的に成功した人は貧しい隣人を同じ人間とは見ていないと感じることがある」と言っていたのを思い出しました。(続く)
読了日:02月04日 著者:上田 惇生
ウェブ人間論 (新潮新書)ウェブ人間論 (新潮新書)
平野啓一郎さんの実直さが伝わってくるようで、失礼ながら勝手に描いていたイメージが大いに変わりました。実直さの由来は人文系の知識が豊富というだけでなく、例えば「インターネットが人間を変えるのであれば、どのように変えるのか」などのように常に問いの形でスタートし、そこに自分なりの見解を付け加えて対談の俎上に載せるという姿勢にもあるように感じられました。2006年初版なので技術的なトピックスはすでに古くなったにしても、そうした丁寧な姿勢は学ぶところが大きいと思います。
読了日:02月05日 著者:梅田 望夫,平野 啓一郎
GAME OVERGAME OVER
寿感あふれる表紙に興味を引かれて、妻の本棚より拝借。胃もたれするほど甘いかと思いきやそうでもなく、パトスもれいづる怒涛の展開かと思いきやそうでもなく、ラストが大変爽やかで印象的な「GAME OVER」でした。「『うれしい気持ちになろう』という歌と、『うれしい気持ちにさせてくれる』歌とは、ちがう」――先日の糸井重里さんの言葉ですが、この作品は間違いなく後者の方に入ると思います。「『うれしい気持ちになろう』という歌」を否定しているわけではなく、何事もバランスが大切、ということですね。
読了日:02月09日 著者:水谷 フーカ
狼の口 ヴォルフスムント 1巻 (BEAM COMIX)狼の口 ヴォルフスムント 1巻 (BEAM COMIX)
食後に読んで後悔。学生時代に中世スイス史専攻だった妻いわく、「ハプスブルク家もここまで悪逆ではなかったと思うけどな」。「敵」を強大非道に演出している作品は世にごまんとあって、この作品だけをとやかく言うのはまったくフェアではないのですが……かねてからスイス盟約者団の話はTVゲームなり小説なり創作の素材として有望と思っていたのと、最近の「抵抗勢力いてまえ」の世相とを鑑みて、大変わかりやすい集団復讐話(忠臣蔵も一面だけ故意に強調するとそうなります)に思えてしまうのが個人的に残念至極です。
読了日:02月11日 著者:久慈光久
草子ブックガイド(1) (モーニングKC)草子ブックガイド(1) (モーニングKC)
私が普段通う書店や図書館はごく小さなものですが、それでも人類が受け継いできた知の所産が一部なりとも目に見えるようで、頼もしいような圧倒されるような、不思議な気分になるときがあります。すべての本は人類への遺言。遺言だから高潔で有用でなければならないかというとそんなことはなく、後に残したいと思って残る言葉はすべて遺言になるのでしょう。ITの発達によって、本の形態を取らない言葉も残るようになりました。メディアは何であれ、その両側には常に人がいるということは忘れずにいたいと思います。
読了日:02月12日 著者:玉川 重機
人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか
「おわりに」まで一気読みして本を閉じると、帯の言葉が目に止まりました。「岩をも動かす理屈はある」(糸井重里)――この「岩」の意味するところは何だろう、と。さらっと本文を読んでしまうと、「行政や既存組織の硬直したシステム」と受け取ってしまうかもしれません。が、やはりそうした「自分の外側にある何か」に集約してしまっては、いろいろな方々に顔向けができない気がしてなりません。私自身いい年齢の社会人として、これまで自分の内側にある「岩」というものにあまりに無頓着だったことを思い知りました。(続く)
読了日:02月18日 著者:西條 剛央
知っておきたい日本の名字と家紋 (角川ソフィア文庫 353)知っておきたい日本の名字と家紋 (角川ソフィア文庫 353)
内容は興味深いのですが、データベースのつまみ食いのようで、あまりまとまった食感が得られなかったのが残念です。中学生の頃、父に「お前もええ歳になったら、家のルーツとかに興味を持つようになるで」と言われました。三十代後半が「ええ歳」なのかどうかはさておき、今では何となく父の言葉もわかるような気がします。物にせよ知見にせよ、私たちが先人から受け継いでいるものの大きさは計り知れません。それを思うと、自分の子供にもいろいろ伝えておかねばと思います。時期を間違うと鬱陶しがられるでしょうが(笑)
読了日:02月19日 著者:武光 誠
信長協奏曲 6 (ゲッサン少年サンデーコミックス)信長協奏曲 6 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
サブローが相変わらず体面とか見栄にこだわらないところが、不思議に信長っぽさを醸し出していて面白いです。次巻以降への助走なのでしょうか、いろいろ貯め込んだようで今後も目が離せません。まったく個人的な話ですが、私の先祖は浅井家の譜代として最後まで織田軍と戦ったという言い伝えがあって、このあたりは読んでいて無性に力が入ります。最初に父から聞いたときはまだ子供だったので、その何とも微妙なポジションにがっかりしたのですが(笑) 大人になってわかることも多々あるというものです。
読了日:02月21日 著者:石井 あゆみ
浅井長政正伝―死して残せよ虎の皮 (人物文庫)浅井長政正伝―死して残せよ虎の皮 (人物文庫)
人の思惑を明らかにすることは本来大変難しく、想像の域を出るものではないはずです。歴史上の人物ともなると「どう考えていたか」が事実のように語られがちなのに私はたまに不満を覚えるのですが、この作品の織田信長像は丁寧に作り込まれた感じがします。あくまで「織田軍は弱い」という認識から戦略を練る信長、「ただ存在するだけで価値がある」という肉親の情を理解しようとして空回る信長。噂通り冒頭のBL展開には引きましたが(笑)、実際の信長はこういうことを考えていたのかもしれないなと思わせる内容でした。
読了日:02月25日 著者:鈴木 輝一郎
憲法九条を世界遺産に (集英社新書)憲法九条を世界遺産に (集英社新書)
「憲法九条を改正するかどうか」よりも「どのようにして国を守るか」の方が、人々の関心を巻き込むという意味では有効な問いなのだろうと思います。それが対談の中で保留になっているのは惜しいのですが、タイトルのイメージとまったく違った切り口は新鮮でした。見たらそこに戻ってしまうのではないかという恐怖のあまり蓋をしてきた戦前の思想。その蓋を恐怖に負けずに開ける作業をしないと、憲法九条の問題は見えてこない。その最大のキーパーソンは宮沢賢治――太田さんの立場からこの発言が出ているのは興味深いものがあります。(続く)
読了日:02月25日 著者:太田 光,中沢 新一
灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか (光文社新書)灘校 なぜ「日本一」であり続けるのか (光文社新書)
著者も最後に軽く触れていますが、日本では学歴社会が今も続いているのかどうか、冷静に考えてみるべきだと思います。続いているのであれば、「学歴不問」や「能力主義」の看板は嘘ということになります。続いていないのであれば、安定した年収なり地位なりを得ようとして受験勉強に励むのは筋違いということになります。私の感覚では、学歴は野球で言えば3回裏終了時点で3点リードできる程度で、コールド勝ちをもたらすようなものではありません。それを踏まえて3点を取りに行くのなら、それなりに合理的な選択ではあると思います。(続く)
読了日:02月26日 著者:橘木俊詔
官邸から見た原発事故の真実 これから始まる真の危機 (光文社新書)官邸から見た原発事故の真実 これから始まる真の危機 (光文社新書)
先日受講した「カイゼン」のセミナーの中で、「なぜこんなことが起きているのか」よりも、「実際に何が起きているのか」に焦点を当てた方が有効な対策を打ちやすい、という話を聞きました。言われてみれば当たり前なのですが、いかにその視点が抜けがちなのかを痛感しました。本書で挙げられている原子力政策の問題点も同じだと思います。使用済燃料だけに限っても、長期保管、再処理、最終処分という厄介な問題を抱えているという事実に、きちんと向き合わなければならないということがよくわかります。(続く)
読了日:02月26日 著者:田坂広志
百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)
十勝開拓団のタフさに脱帽しました。最近の子供は魚は切り身の状態で獲れると思っているなどとよく言われるものの、世の大人もそれを笑えるのかどうか……オーナー農園の話などを読むと特にそう感じます。ネタの端々から量も質も安定させて農産物を供給することがいかに大変なことであるかが伝わってくるのですが、「農業って大変なんだなあ」で終わらず、「どうあるべきか」を考えるのが作者の心意気に応える道のひとつなのでしょう。教育問題は子供より先に大人から取り組むべきですね。自戒を込めて、ですが。
読了日:02月29日 著者:荒川 弘
10歳までに決まる!頭のいい子の育て方 Vol.17 (学研ムック)10歳までに決まる!頭のいい子の育て方 Vol.17 (学研ムック)
家人が何かのイベントでもらってきた本ですが、表紙の「成功ママ」という言葉は何とも嫌な気分になります。たとえ「やる気を子供に持たせる」という点に限定した言葉だとしても、単純に成功か失敗かで結論づける親にはなりたくないなと。私が人生で一番勉強したのは小学6年生の頃ですが、いま振り返ってみれば、原動力になっていたのはやる気というよりも、もっと情動的なものだったと思います。野球やピアノがうまくなりたいという感覚に近いもので、「やらなければいけないからやる」では子供は長続きしないと思います。(続く)
読了日:02月29日 著者:トーべ・ヤンソン

2012年2月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


読書メーター・2012年1月のまとめ

2012/02/03 12:53
昨日は大雪で一日中除雪作業でした。

会社に行って除雪
帰宅前に除雪(車が埋まっていた)
帰宅後に除雪(駐車場が埋まっていた)

マンション住まいなので、
雪下ろしの必要がないのが救いです。

筋肉痛がやってくるのはたぶん明日ですが、
今日は何だか腰が痛いです。

タイムリーなことに、明日の午後に
整体の予約を入れていました。

いろいろオーバーエイジ気味なので、
何とか復活したいものです。

------------------------------

1月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:1537ページ
ナイス数:120ナイス

伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)
書名の「揺さぶる!」が目を引きますが、これは「感動を与える」というよりも、例えば企業に採用してもらう、取引先の協力を取りつける、といった「具体的な結果を引き出す」ことを指しています。「自分が一番言いたいことは何か?」「相手にどうしてもらいたいか?」――ポイントは、細かな問いを自分に投げかけ、それに答えながら思考を進めること。池上彰さんも著書で「いい質問を考えましょう」と書いていました。言われてみれば、コミュニケーションの一環としての「問い」は、思いのほか有効である気がします。あとは実践ですね。
読了日:01月03日 著者:山田 ズーニー
会社はこれからどうなるのか (平凡社ライブラリー い 32-1)会社はこれからどうなるのか (平凡社ライブラリー い 32-1)
会社人間として大変勉強になりました。特に日本では「組織特殊的な人的資産」=「特定の組織でのみ価値を持つ知識や能力」が大きな意味を持ってきたという点や、利潤は本質的に「差異性」=「新しさ」「個性」からしか生まれないため、ポスト産業資本主義の時代は有形資産よりも人的資産が重視されるという指摘は、製造業の一員として大いに頷けます。そうした人的資産を活用するために、会社はどうあるべきか。日本的な会社経営も問題を抱えているにせよ、アメリカ型の株主主権論だけが正解というわけではないということは覚えておきたいものです。
読了日:01月06日 著者:岩井 克人
日本辺境論 (新潮新書)日本辺境論 (新潮新書)
河合隼雄先生が「中空構造」「母性社会」と呼んだ日本文化論を思い出しました。「辺境人」すなわち「世界の中心にいない」「外部に上位文化がある」という心性を、優劣の問題ではなく、いかにして良い方向に出すかの問題として捉え直し、その点について2〜3章で踏み込んだあたりが評価の所以であるように感じました。「『学ぶ』力こそは日本の最大の国力でした」――この一点において、立場や信条を越えて合意と協調がなされるのであれば、まだまだ日本に希望はあるでしょう。「学ぶとは何か」という大きな問題はあるにせよ。(続く)
読了日:01月09日 著者:内田 樹
となりの関くん@ (MFコミックス フラッパーシリーズ)となりの関くん@ (MFコミックス フラッパーシリーズ)
脳科学者の池谷裕二さんによれば、人は自分の行動と感情が矛盾するとき、起こしてしまった行動は覆せないため、感情を変化させることでつじつまを合わせようとするそうです。関くんの考えていることはまったく読めませんが、もしかすると戦略としては有効なのかもしれません。「授業中、いつもとなりでこそこそ遊んで迷惑してるはずなのに、なんで私は無視しないで手伝ったりしてるんだろう。もしかして、私……?」――スペクタクルに励みなさい、いつか横井さんにそう思わせるまで(誤読でもそれはそれで)
読了日:01月13日 著者:森繁拓真
受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫)受験脳の作り方―脳科学で考える効率的学習法 (新潮文庫)
著者自身の言葉通り、確かに「学習法」としての目新しさはないかもしれません。しかし、なぜ一夜漬けが効率が悪いのか、なぜ適度の睡眠が必要なのか、なぜ得意科目を伸ばすことが大切なのか…など、現在の脳科学で明らかになった根拠を知るだけでもずいぶんと心強くなれると思います。加えて、そうした「なぜ」を追求する姿勢は、きっと「知識を理解する方法」=「方法記憶」の習得にもつながることでしょう。社会人になっても仕事をする上で勉強は欠かせませんので、受験生に限らず、この本の内容が広く知られるようになるといいですね。(続く)
読了日:01月17日 著者:池谷 裕二
こげぱん―三都ぶらり旅日記 大阪・神戸編こげぱん―三都ぶらり旅日記 大阪・神戸編
大阪・神戸の名所&美味しいもの大集合。DNAに呼ばれたのか、娘(4歳)が妻の本棚から持ち出してひとりで読んでいました。全ページ手描きなので絵本に見えたのでしょうか。中身は大阪と神戸の風土の違いが如実に出ていて面白いです。例えば、神戸エリアで紹介されているパンは「ファルスィポムドテール」「グリッシーニトリネーゼ」と呪文のような名前がついているのに、大阪エリアのパンは「サクサクあんぱん」「もっちーに」…極めつけに「塩ぱん」。それでこそ大阪、独自路線あるのみですよ!
読了日:01月17日 著者:たかはし みき
呪いの時代呪いの時代
帯がいい例ですが、文章には要約や結論がついて回ります。が、両者は等価なものではないし、文章の価値は結論にしかないわけでもありません。そう考えてしまうと、結局は書いた人の立場や旗色(賛成派か反対派か、どの陣営支持なのか)でしか判断できなくなってしまいます。第9章の「どうしてもあなたに伝えたいことがある。だから情理や礼節、技巧を尽くして書く」=「読者の知性に対する敬意」の大切さは痛いほどよく伝わってきます。だからこそ同時に、読み手の最初の構え方も問われるのでしょう。(続く)
読了日:01月22日 著者:内田 樹

2012年1月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「論文」の中に残らないもの

2012/01/27 20:48
先日、Twitterで佐々木俊尚さんのこんな投稿を読みました。


人々の行動を精神科医風に分析してなんかわかった気になるというのは、
もう終わった時代の流行。あと「何となく違和感」ってのが
こういう論者に最近多いけど説得力なさ過ぎ。
/橋下市長個人にではなく 〈橋下的なもの〉に感じる違和感 香山リカ


私は佐々木俊尚さんは信頼してフォローしているのですが、
この件については少し違うように思いました。

ちなみに、元になった香山リカさんの文章はこちらです。

(ダイヤモンド・オンライン 香山リカの「ほどほど論」のススメ)

私も心理学や精神分析の話は半分ほどしか信用していませんし、
香山リカさんの著書も1冊も読んでいません。

それでも、人同士のコミュニケーションを円滑に進める上で、
心理学や精神分析学の果たす役割はまだまだ大きいと思います。

「何となく違和感」で片づけてしまうのは確かに不毛ですが、
(香山さんも上の記事でそう片づけているわけではありませんが)
少なくともその違和感がどこから生じているかを分析するのは
建設的なことではないかと思うためです。

私は新入社員の頃、研修でこんな言葉を聞きました。

「相手がどういう人かわかると、その人を嫌いにならずに済む」

聞いたときは、他人がどういう人かなど簡単にわかるはずはないし、
理想論だと思って聞き流していました。

でも今は、歩み寄りの一歩目にはなると思っています。

「なぜこの人はこういうことを言うのだろう?」

このように考えることは、少なくとも、
「この人のことは絶対にわからない」と
最初からシャットアウトするよりはましだからです。

ある人を一面的にではなく、立体的に見ようとするならば、
別の角度から見てみるほかありません。

心理学や精神分析は、確かにうさんくさい使われ方もしますし、
佐々木さんの発言もそうした風潮を危惧してのことでしょうが、
私は多面的な見方を補助する点を重視したいと思います。

また、これはメッセージの受け手の側だけでなく、
送り手の側にも同じようなことが言えそうです。

「書いていることや言っていることがすべてであって、
本人がどういう人間であるかなどは余計なことだ」

このような考え方も一理あると思います。

しかし、これは例えば論文などの、
ある限られた用途での話であるようにも思います。

論文の基礎にあるのは、「言いたいこと」というよりも、
「言えること」です。

あるいは、「『何を』言いたいか」であって、
「『なぜ』言いたいか」は関係ありません。
もちろん論文を書く動機としてないはずはありませんが、
論文の中においては関係ないということです。

今まではこういう前提の下でこういうことが言われていたが、
今回得られた結果からはこういうことが言える。
よって、「新しい知見」としてこういうことが言える。

これが論文の基本的なスタンスです。

別の言い方をすれば、重要なのは「到達点」であり、
同時にそこに至る最短経路を示すことです。

私は大学の卒論と修論しか書いたことがありませんが、
この点は教官と先輩から徹底して指導されました。
余計な寄り道は一切不要だ、と。

信憑性や説得力を添えるための言葉や、
読み手の共感を引き出すための表現、
あるいは、わかりやすく伝えるための例え話。

そうした余計なものは全部切り捨てて、
必要不可欠な点のみ、簡潔に書くこと。
「論文」とはそういうものだ、と教えられました。

私は大学卒業後、サラリーマンとして十数年働きましたが、
ビジネス上でもこうした経験は役に立っている気がします。

ただ、同時に、あまりに当たり前すぎて忘れがちですが、
そうでないメッセージも世の中にはあります。
「言いたいこと」に重点を置いたメッセージというものが。

例えば、説得や依頼、交渉を目的とした場合です。

そのような場合、到達点と最短経路を示すだけでは
うまく行かないことが多いと思います。

その到達点にどういう価値があるかを説明したり、
回り道をして見せたり、途中で見える光景を解説するなど、
到達点そのものに関心がない人を相手にする場合には
さまざまな工夫が送り手の側に必要になるからです。

であれば、言葉使いを吟味し、表現を選び、
適切な例え話を持ち出し、いろいろな角度から手を変え品を変え
ひとつのことを論じる、などのスタイルを取らねばなりません。
「言いたいこと」を、相手に何とか伝えるために。

そうしたメッセージの価値は、要約や結論だけでは計れません。

しかし、このような手のかかるメッセージは、
昨今の情報化社会、グローバル社会では受けが悪いのでしょう。

「要するに何が言いたい?」

と言われれば、「『なぜ』言いたいか」の方を削っていって、
「『何を』言いたいか」を残すしかありません。

メッセージの中の情報性や汎用性、共通性といった要素を
優先させると、どうしてもそうなるはずです。

ですが、そうした問いを重く受け止めるあまり、
「言いたいこと」を何とか相手に伝えるという行為を
おろそかにするのは、望ましくないと思います。

ちょうど今、「ほぼ日刊イトイ新聞」で
佐々木さんと糸井重里さんの対談が掲載されています。

佐々木俊尚 × 糸井重里 『メディアと私。』


佐々木
「マスだろうが、ネットだろうが、
当事者意識のない人はもう影響力を持たない。
逆に、当事者意識を持って報道する、
あるいはブログで書く、ツイートする人こそが、
今後の社会を担うんじゃないのかなと」


この「当事者主義」という考え方は新鮮ですし、
私もそういう社会であってほしいと願います。

そして、メッセージの送り手が、
「どのようにすれば伝わるのだろう?」と
とことん突き詰めて考えれば、
自然に当事者意識は行間から出てくる気がします。

「なぜこの人はこういうことを言うのだろう?」

これは受け手の側からの歩み寄りですが、

「どのようにすれば伝わるのだろう?」

これは送り手の側からの歩み寄りです。

歩み寄りの方法は他にもあるでしょうが、
お互いを多面的に見る上では不可欠な姿勢だと思います。

歩み寄りと「妥協」は、おそらく違います。

そうした歩み寄りができる人を、私は支持したいと思います。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


政治的なものが政治を覆い隠す

2012/01/21 00:27
「精神的なものが精神を覆い隠す」

この言葉は河合隼雄先生の著書(「こころの処方箋」)で
知りました。

正確には、最初に言ったのは青山二郎という人で、
白洲正子さんが著書(「いまなぜ青山二郎なのか」)の中で
次のように紹介しています。

「(青山二郎という人は)精神は尊重したが、
『精神的』なものは認めなかった」

そして、これを読んだ河合先生が著書で引用したようです。

最初はピンと来なかったのですが、補足として、
例えば「西洋的なものが西洋を覆い隠す」のように
いろいろと応用が利く言い方である、と書かれていて、
何となくニュアンスが伝わってきました。

その延長で私が思いついたのが、

「政治的なものが政治を覆い隠す」

です。

「政治的な発言」
「政治的な立場」
「政治的な判断」

このような表現は、今でもよく耳にします。

しかし、この「政治的」という言葉は不思議なもので、
本来の「政治」とは違う気がするのです。

文脈によっては同じこともあるでしょうが、
裏に「水面下の」とか「なまぐさい」などの
ネガティブな感じがつきまとうように思えてなりません。

私は特定の支持政党はありませんし、
職場や友人の間でも政治の話が出ることはありません。
仮にですが、身の回りでそうした話が出たとすると、
きっと面倒だなと思うことでしょう。

「政治」は自分たちの預かり知らぬ所でなされることで、
なるべくなら関わり合いにならない方がいい。

端的に言えばタブー視しているということで、
おそらく、私と同じような心境の方も多いと思います。

でも、はたしてそれでいいのだろうかと
最近考えるようになりました。

2011年の夏ですが、新聞で「原発国民投票」について
何人かにインタビューをしていたものがあり、
その中で民主党の前原誠司氏がこんな回答をしていました。

「国民投票を多用するようになったら、
政治家の仕事はいったい何なのかということになる」

つまり、地域を限定した住民投票ならまだしも、
国全体の重要な政策は政治家に任せるべきだという主旨です。

私は逆に、原発の問題に限らず、重要な政策こそ国民が決定して、
そうでない政策の方を政治家に任せるべきだと思います。

「イエスかノーか、白か黒かの二元論は危うい」

前原氏は同時にこのようにも答えていて、
私もその点については同意します。

設問を慎重に検討しなければならないのは当然ですし、
棄権票や無効票をどう扱うかも難しい問題でしょう。
似たような投票を何度も繰り返さない制限も必要でしょう。

しかし、それは実行段階の問題であって、
制度の問題とは本質的には別だと思います。

「政治の主体は国民である」とするのであれば、
直接民主制の概念そのものを否定すべきではありません。

選挙によって選ばれた議員や首長に
民意が委ねられることは否定しません。

しかし、選挙で勝つということは、「何をやってもいい」=
「白紙委任状」を与えられることではないはずです。

民意を失えば次の選挙で落選するはずだという考え方も
理解できますが、軌道修正を行う手段が選挙によって
「退場」させるだけというのは、明らかに非効率だと思います。

間接民主制が始まったばかりの頃であれば
それでも成り立っていたのでしょうが、
今日のように政治の争点が多様化した状況では
争点が変わるたびに候補者を立てて選挙を行うのは
現実的ではありません。
そのあたりは郵政改革の衆院選で身に沁みたはずです。

退場はさせないまでも、
大まかな方向だけは変えてくれ、と働きかける
公的な仕組を真剣に考えるべきではないでしょうか。

世論調査の延長でも構わないと思います。
ただ、特定のメディアが実施するのではなく、
プロセスと結果が公的に承認されなければなりません。
つまり、一定以上の拘束力が担保されなければ
意味がないということです。

国民一人一人が本当に考えられるのか、というと
その点は非常に難しい問題なのは確かですが、
「政治的」なものをタブー視するあまりに
「政治」そのものが実態と乖離しすぎているのであれば、
それは社会にとって不幸なことだと思います。

このような危惧を抱いたきっかけは、
原発の国民投票だけではありません。
昨年の大阪の府知事・市長選も同じです。

「学者は批判するだけで何もしない。無責任極まりない」

最近の橋下新市長のTwitterでの発言を読みましたが、
「学者」への攻撃を強めているようです。

この攻撃を真面目に跳ね返そうとするならば、
政治家になるしかありません。

「何もしない」の逆の「何かをする」というのは、
結局はそういうことでしょう。

どれほど情理と礼節を尽くして異を唱えても、
「じゃあ、お前がやれ」「当選してから言え」
と最後に言われてしまうのであれば。

そして、これは学者相手に限った話ではありません。

政治に直接関わらない限り「何もしない」に等しいのであれば、
学者であれ一般庶民であれ同じです。

それでいいのでしょうか?

「政治は、プロである政治家が行うもの」

とするならば、いいのでしょう。

「プロ」という言い方に語弊があるのであれば、
「選挙で民意を得た」でも構いませんが、
そこから外れる人間は口を出すな、
俺たちに全部任せておけばいいんだ、
と言われてそれでいいのでしょうか。

私は、違うと思います。

政治家に全部任せた方が効率がいいこともあれば、
そうでないこともあるはずです。

率直に言って、なめられているとしか思えません。

「政治的」なものを敬遠してきた結果の
「政治」の姿がこのような有様なのであれば、
大いに考え直す必要があるのではないでしょうか。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


読書メーター・2011年12月のまとめ

2012/01/07 22:19
約1週間遅れの新年のごあいさつを申し上げます。
今年もよろしくお願いいたします。

年末年始は特に何をしたというわけでもなく、
いつも通り娘と遊んでいました。

今日の新聞に、昨年3月25日の時点で政府が想定した
福島第一原発事故の「最悪のシナリオ」の内容が
掲載されていました。

それによると強制避難は福島第一原発の半径170km圏内で、
私の住む山形市は完全に範囲に含まれます。

私も事故後しばらくは、いざとなれば娘は
庄内か新潟経由で大阪に預けなければならないなと
毎日考えていたことを思い出しました。

結果的に、この「最悪のシナリオ」は回避され、
我が家は何事もなく過ごすことができました。

が、住む場所が違ったというただそれだけの理由で、
我が家がせずに済んだ決断を迫られた人たちが大勢います。

せめて、そのことは忘れずにいたいと思います。

------------------------------

12月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:1421ページ
ナイス数:121ナイス

エコノミスト 2011年 12/6号 [雑誌]エコノミスト 2011年 12/6号 [雑誌]
同じくやっぱり読まなきゃと思い立ち(笑)、対象ページをピンポイントで読みました。最初は軽い気持ちで登録した読書メーターですが、今ではすっかり日参しています。私もシステム開発が仕事で、特にデータベースまわりが長いため、読書メーターがどういう実装になっているのか、興味深くいろいろ想像していました。ここまで丁寧に作り上げてこられたのは本当に素晴らしいと思いますし、一人の本好きとして感謝しています。これからもコミュニケーション機能重視で、末永くよろしくお願いします。
読了日:12月03日 著者:
河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙
河北新報の記事ではなかったのですが、震災後に読んだ被災地のレポートにこんな言葉があったのを覚えています。「ここに『答え』はない。ただ『問い』だけがある」――やはり、そう考えるべきなのでしょう。そして、どのような「問い」を見出すかも私たちに与えられた大きな課題なのでしょう。本書に登場する河北新報社の方々も、報道とは何か、記者の使命とは何か、地方紙の果たすべき責務とは何か、悩み苦しんだことがうかがえます。その上で出てきた「今も答えは出せません」という率直な言葉は、胸に深く響きます。
読了日:12月06日 著者:河北新報社
新しい資本主義 (PHP新書)新しい資本主義 (PHP新書)
「金融は産業の主役ではなく、産業に力を与える脇役であり縁の下の力持ち」――考えてみれば当たり前の話なのですが、新鮮に響くのは私も感覚が麻痺している証拠なのかもしれません。地道な研究開発が新しい技術を生み、技術が新しい産業を作り出し、社会を発展させる。そのためには行き過ぎた「市場万能主義」「株主至上主義」を見直し、日本は世界に先駆けて「公益資本主義」を進めていかなければならない。世界中のベンチャー企業や途上国の支援に携わった著者ならではの力強い言葉が綴られています。(続く)
読了日:12月10日 著者:原 丈人
銀の匙 Silver Spoon 2 (少年サンデーコミックス)銀の匙 Silver Spoon 2 (少年サンデーコミックス)
触発されて夕食はピザ。今回も爆笑しつつ、日本の食料政策について考えずにはいられませんでした。ここで書くのも野暮ながら、平常時は海外に依存して不自由しないにしても、非常時に私たちがどんな「合理的な消費行動」を取るか、今年は目の当たりにしました。糾弾しているのではなく、そういうものだという前提でどう政策を固めるか考えねばなりません。「しょせん農業はGDP比1%の産業」という学者もいますが、そうした人はおそらく海外に自由に脱出できるのでしょう。コストのかからない保険はないことを覚えておきたいものです。
読了日:12月17日 著者:荒川 弘
できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたことできることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと
「じぶんのリーダーは、じぶんです」――震災直後、糸井さんのこの言葉でずいぶん冷静になれた気がします。地震、放射能、物流などの情報が錯綜しても、最終的には自分で判断しなければ、と腹をくくることができました。私にとってはこの『できることをしよう。』の「できること」には、そうした意味も含まれています。素人判断、もしくは専門家の受け売りではバカにされることもあるでしょうが、100点満点を取らなければ意味がないような事態は、そうそう起きるものではありません。素人は素人なりの自覚と矜持を持っていいと思います(続く)
読了日:12月23日 著者:糸井重里&ほぼ日刊イトイ新聞
ちはやふる(15) (BE LOVE KC)ちはやふる(15) (BE LOVE KC)
新くんのモノローグで、「論文の本質は『贈り物』である」という内田樹先生の言葉を思い出しました。学者が論文を書く場合、内容の99%は先人から「贈られた」知見であって、残りの1%に新しい何かを付け加えて次の世代に「贈る」ことが大原則だといいます。論文は学者が書くものですが、楽しさや面白さ、もっと言えば「いかに充実した人生を送るか」は、誰にとっても関わりのある主題だと思います。相手の懐に押しつけて行くのではなく、受け取る意志のある人に広く届くよう「心を込める」ことの大切さについて考えさせられました。
読了日:12月24日 著者:末次 由紀
テルマエ・ロマエ IV (ビームコミックス)テルマエ・ロマエ IV (ビームコミックス)
もはやルシウスのモノローグは阿部さんボイスで聞こえてくる、といってもいいぐらいの多大な影響力に驚きます。そして4巻にして、まさかのヒロイン登場。それは失礼だろうとは思いつつ、つい若かりし塩野先生をイメージしてしまって可笑しさ倍増でした。今回不評なのは、コラムで楽屋裏の事情を明かしてしまったのもあるのでしょうか。私はドリフ世代のせいか、「もしも○○だったら…」シリーズを思わせる突飛なシチュエーションだけで面白いので、まだまだついていきます。
読了日:12月28日 著者:ヤマザキ マリ

2011年12月の読書メーターまとめ詳細
読書メーター
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


続きを見る

トップへ

月別リンク

安国寺の山形生活/BIGLOBEウェブリブログ
[ ]